京都地方裁判所 平成8年(わ)288号 判決 1996年8月21日
裁判所書記官
木原定昭
被告人
氏名
井上悠
年齢
昭和二二年三月三日生
本籍
京都市東山区大和大路通五条上る東入池殿町一九八番地
住居
京都市中京区壬生神明町一番地の二六七
職業
会社役員
検察官
白髭博文
弁護人
福井啓介
主文
被告人を懲役二年及び罰金一億円に処する。
未決勾留日数中一二〇日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、建設会社、不動産業等を経営する一方、部落解放同盟京都府連合会東三条支部(以下「解同東三条支部」という)に入会し、同時に解同京都府企業連合会(以下「京企連」という)に所属していたものであるが、京滋ヤクルト販売株式会社専務取締役古川義信の養母田中ツユが平成四年一一月一四日死亡したことにより、古川義信が同女の全財産を相続し、納税義務者として相続税の申告をするにあたり、古川義信から脱税仲介の依頼を受けて、「京企連を通じて申告すれば、税金は半分位ですむ。」と請け負い、解同東三条支部副支部長兼京企連東三条支部企業対策部長(当時)の坂井清二に「一〇億位の税対の話がきている。京企連を通じて四億位でやってくれ。」と取り継ぐなどして、古川義信、坂井清二及び解同東三条支部所属の青木康らと順次共謀のうえ、古川義信の相続税を免れようと企て、同人の実際の相続財産の課税価格が一九億四五二三万一〇〇〇円で、これに対する相続税額は一一億四四八五万四七〇〇円であるにもかかわらず、相続財産の一部を除外したうえ、平成五年五月一四日、京都市左京区聖護院円頓美町一八番地の所轄左京税務署において、同税務署長に対し、古川義信の相続財産の課税価格が二億七一六九万二〇〇〇円で、これに対する相続税額が六〇一五万五八〇〇円である旨の内容虚偽の相続税の申告書を提出し、もって、不正の行為により、古川義信の右相続にかかる正規の相続税額一一億四四八五万四七〇〇円との差額一〇億八四六九万八九〇〇円の相続税を免れたものである。
(証拠の標目)
( )の番号は、検察官請求の証拠等関係カード記載の証拠番号である。
一、被告人の当公判廷における供述
一、被告人の検察官調書(70~78)
一、脱税額計算書(1)
一、相続税申告証明書(2)
一、捜査報告書(3)
一、査察官調査書(4~18)
一、竹内浩昭、北村光一、古川虎雄、田中友治、林正、竹内祥浩の検察官調書(19~39)
一、古川義信、青木康、坂井清二、大野征二の検察官調書(59~69、80~87、89~96、98~105謄本)
(法令の適用)
判示所為 平成七年法律第九一号による改正前の刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項
刑種の選択 懲役刑と罰金刑を併科(相続税法六八条二項適用)
宣告刑 懲役二年及び罰金一億円(求刑・懲役三年及び罰金一億二〇〇〇万円)
未決勾留日数の算入 平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条
労役場留置 平成七年法律第九一号による改正前の刑法一八条
(量刑の理由)
本件は、いわゆる脱税仲介の事犯であり、同和団体である解同東三条支部及び京企連に所属していた被告人が、京都のヤクルト販売会社の役員が納めるべき相続税につき、同役員から依頼を受けて、脱税の仲介を引き受け、京企連の他の関係者らに脱税工作を取り継いだうえ、相続財産を大幅に除外する方法により、内容虚偽の税申告をして、一〇億八四六九万円余もの巨額の相続税を免れさせたというものである。その脱税額自体が一件当たりとしては極めて高額であり、実際の相続税額一一億四四八五万円余に対して、六〇一五万円余しか申告せず、ほ脱率も九五%という高率で、納税の公平を著しく犯す悪質なものである。
被告人は事が発覚し逮捕されて以来、率直に事実関係を認めているが、京企連を通じての申告により以前自ら脱税をしたり、脱税を仲介して謝礼を貰ったことがあり、大阪国税局と解同近畿ブロックとの確認事項に基づいて、自らが所属する京企連を通じて税申告すれば、税務調査がなされることはなく、脱税がばれないと考えており、そうした中で、納付すべき相続税額が一〇億円を超え、その資金の捻出に苦慮していた古川義信から相談を受けるや、自らの報酬を目当てに、「京企連を通じて申告すれば、税金は半分位ですむ。」等と脱税を請け負い、脱税の発覚を心配する古川に、「大阪国税局と大阪企業連合の間で取決めがある。あなたに迷惑はかからない。」等と説明し、大阪国税局長と解同大阪府企業連合会(大企連)との間の七項目の確認事項と称する書面を見せて、脱税が発覚しないと保証し、脱税工作の実行を京企連幹部の共犯者坂井に取り継ぐなどしたものであって、同和団体を利用して巨額脱税を図り、安易に多額の利得を得ようとした犯行は悪性が高いというべきである。しかも、被告人は、古川から報酬込みで五億四〇〇〇万円で脱税を請け負い、同金額を受け取っておきながら、うち一億四〇〇〇万円をこっそり懐に入れたうえ、共犯者坂井らに対しては、その事実を秘し、「京企連を通じて四億円位でやってくれ。」と京企連への橋渡しを頼んだばかりか、その事実を知らない坂井と更に交渉して、同人に渡した四億円の中から、別途一億円(うち報酬六〇〇〇万円、四〇〇〇万円は被告人の坂井に対する負債と相殺)を利得するなど、本件脱税仲介の報酬として実質二億四〇〇〇万円にも昇る巨額の利得をしているもので、被告人自身において同金額をほ脱したと同然である。本件発覚後、納税義務者の古川は、ほ脱にかかる本税ならびに多額の重加算税等を一人で納付せざるを得ない状況にあり、それは脱税を図った同人自らが招いたものとはいえ、報酬を目的に脱税を仲介し、同人に迷惑を及ぼさぬ旨の念書をいれた被告人の責任も当然に大きいのであり、二億四〇〇〇万円という一件一人の報酬としては類例のない巨額の利得を手にしながら、それらの金を借金の返済、遊興、被告人の道楽に等しい社会人野球の費用等に短期間で使い切っており、被告人はそれを将来返済する旨供述するが、現在までその支払は全くなされず、将来すみやかに返済される見通しもないのであって、これらを総合すると、被告人の本件刑事責任は重いというべきである。
被告人は、捜査公判において、本件のような脱税仲介を敢行した背景につき、前記解同近畿ブロックと大阪国税局長との七項目の確認事項に基づき、解同を通じて税申告さえすれば、国税当局はその脱税を黙認してきた実情があった旨を強調しており、被告人の供述するとおりの、特定の同和団体を経由した納税申告が実際上フリーパスになっているような事実が、もしあったとすれば、それは本件の如き同和団体を利用しての脱税請負行為を誘発する一因にもなり問題とされよう。弁護人は、被告人の右供述に基づき、「同和団体の企業連合会を通じた申告であるかぎり、国税当局は、前記確認事項に基づいて、申告をそのまま認め、脱税を黙認する特例扱いをし、事実上脱税を容認してきたのが実態である。そのような取扱がされてなければ、被告人も京企連を通じての申告を古川に勧めたりしなかったのであり、京企連を通じて申告さえすれば、過少申告しても、何ら問題にされないと信じていた結果、古川の依頼を引き受けたものである。このように税務当局において、七項目の確認事項をもとに、京企連を通じての申告については、それが不正の申告と知っても、見て見ぬ振りをして、脱税を認める処理をしていたことが、本件の如き脱税を生む根本の原因であり、その責任を申告側の被告人にのみ一方的に問うのは適切を欠く。」等と主張する。しかしながら、少なくとも、本件納税義務者の古川は同和団体とは無関係の者であって、被告人が前記確認事項を楯にその税申告の指南をしうる性質のものではないうえ、被告人において、京企連を通じてさえ税申告すれば、国税当局は問題にしないと信じていたとしても、本件では、脱税請負の報酬としていわゆる「カンパ金」名目の金が同和団体に払われず、前記のとおり、被告人が一人で二億四〇〇〇万円もの利得を得ていることからしても、本件脱税仲介に関しては、多額の借金を抱えた被告人が前記確認事項に基づく取扱にいわば便乗して個人的利得を図ったとの非難を免れえないというべきである。従って、確認事項に基づいて脱税が容認されてきていたから、それを利用した被告人の行為の悪性が少ないというのは、本件相続税の脱税に関する限り当を得ず、それを故に被告人の責任を大きく酌量することは相当とはいい難い。
してみれば、右のような本件脱税の規模、被告人が得た巨額の報酬など事案の悪質性、重大性、被告人の果たした役割等の点にかんがみると、他方、被告人の認識としては、同和団体を通じて税申告さえすれば、例え不正申告であっても、前記確認事項に基づいて、国税当局は一切問題にしないものと信じており、それに誘発されて本件脱税を仲介した側面があること、被告人が事実関係を率直に認めて、深く反省していること、昭和五五年以降には懲役前科がないこと、その他被告人の仕事や家庭事情など、被告人に斟酌すべき事情を最大考慮しても、本件は執行猶予を付すべき事案とは認め難く、主文の実刑はやむえないものと考える。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田清臣)